2021-01-11

相撲は神事ではないのか?

 佐渡ケ嶽部屋の琴貫鐵が出場するか辞めるかの二択を迫られ、結局辞めてしまいましたね。この時の相撲協会の対応を聞くと、何やらビジネス的な言い回しで、とても神事を預かっている意識がないのではないかと思いました。
 相撲は単なるスポーツでも武道でもなく、神事に根差しているはずです。力士が四股を踏むのは豊穣を祈り、さらには病魔も退散させると言われています。同じ説得をするにしても「豊穣を祈り、病魔を退散させるために土俵で四股を踏むのが力士の務めだ」と言えば琴貫鐵ももしかしたら考え直したかもしれませんし、やはり辞めたとしても協会にそれほど批判はなかったかもしれません。

 ちなみに拙著「李信伝異聞」でも相撲が出てきます。李信が18歳の時、羌瘣(きょうかい)を相撲で負かし義弟とします。相撲といっても今でいうシュアイジャオという格闘技なので神事ではなかったようです。ともかく義兄弟の縁は終生続くのでした。

テーマ : 今日のつぶやき。
ジャンル : 日記

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浅水伸彦

Author:浅水伸彦
李信の小説を読みたいのになかなか出てこないので、自分で書いてしまいました。

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