2014-05-24

呂后と九泉幻女

 私は物語を考えるときに、起こるべくして起こったという必然性に気をつけていて、ある出来事の原因・遠因まで考えるようにしています。たとえば呂后(劉邦の正妻)は、後年(本書の李信の死後)に残忍な振る舞いをして中国三大悪女にも数えられるようになりますが、そのような性格はどのように形成されたのか。また史記・高祖本紀には、劉邦がどこに身を隠しても「上のほうに運気がある(見える)」といって探し出すことができたのですが、そのような特技はどのようにして身についたのか。

 最初からそのような必然性を考えてストーリーを練る場合もありますが、呂后(呂雉(りょち))の性格は母親譲り、運気を見る能力は父親譲り、という設定は偶然そうなったのです。
 最初、蒙驁(もうごう)将軍が荘襄王(そうじょうおう)(始皇帝の先代の王)の遺勅を受けて嬴政(えいせい)(後の始皇帝)を倒そうとし、それを李信が防ぐというストーリーを考えていたときのことです。あっさりと阻止に成功してはつまらないと思って李信を始末しようとする妖女を登場させました。そして、結局その妖女が呂后の母親になったというストーリーが生まれました。

 この時、「妖女」という言葉からすぐに「九泉幻女」がひらめいたのです。水滸伝を読んだ人ならすぐにピンとくるでしょうが、九泉幻女は水滸伝に出てくる九天玄女をもじったものです。実は私が漢籍(の訳本)を読むきっかけとなったのが、中学生のころ日テレで放送していた水滸伝のドラマだったのです。当時読んだのは集英社版「世界文学全集」に収められていた佐藤一郎訳の七十回本で、社会人になってから講談社文庫 駒田信二訳の百二十回本を読みました。ともかく思い出深い水滸伝にちなんだ人物を登場させることができて、満足、満足。
 

テーマ : 歴史・時代小説
ジャンル : 本・雑誌

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浅水伸彦

Author:浅水伸彦
李信の小説を読みたいのになかなか出てこないので、自分で書いてしまいました。

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