2014-09-09

張良、鉄槌で「撃つ」

 張良は、秦の始皇帝を博浪沙(はくろうさ)で襲撃したことで有名な人物です。
 史記(世家・留侯世家)や漢書(列伝・張陳王周伝)を見ると、30キログラムの鉄鎚を作って、始皇帝を狙って「撃った」と書かれています。
 【注:本書では鉄鎚を鉄椎と記載しています。パソコンの漢字変換で出てきたものそのまま使ってしまいました。字義的には間違いでは無いかもしれませんが、まぁ誤字ですね。浪を狼に間違えるとは情けない(i_i)】

 「撃った」の解釈は、ハンマー投の要領で飛ばした、というのが一般的解釈のようです。しかし30キログラムの重さのものをどれだけ飛ばせるでしょうか。現代人の記録では7キログラム超のハンマーで90m弱が限度のようです。単純に換算すると30キログラムでは20mぐらいしか飛びません。仮に現代人の2倍の屈強な人物がいたとしても40mです。少なくも平地でそんな近距離で鉄鎚を振り回したら、すぐに護衛に射殺されるのが落ちでしょう。
 だから、崖の上から狙った、という説もあるようです。しかし博浪沙は河沿いの平野部で、急峻な崖があるようには見えません。まぁ、数m程度の段差はあってもおかしくないので、そういう崖から狙ったというのも無いとはいえないでしょう。

 でも私は「撃った」と「投げた」は違うはずだと疑問を感じました。文字通り何かの装置で「撃った」可能性もあるのではないかと考えました。
 この時代、すでに弩(ど)は存在しており、矢の代わりに石や鉄鎚を打ち出すことも可能でした。しかし30キログラムとなると弩と言えどもそんなに飛ばせなかったと思われます。
 次に思いつくのは投擲機(投石機)でしょう。「トレビュシェット」と呼ばれる投擲機は140キログラムの石を300mも飛ばせることができたようです。残念ながらトレビュシェットが使われたのは西暦1000年以降で、張良よりかなり後の時代です。しかしよく調べると、トレビュシェットはアルキメデスが発明したのではないかという伝説がある(確たる証拠はなし)と分かりました。

 アルキメデスは、前287年生まれ、前212年没ですから、張良が襲撃した前218年はまだ生きていて69歳ぐらいです。この歳なら、すでに投擲機を発明していて、その資料が東方へ伝わっていてもおかしくないでしょう。そこで、本書では張良が「あるきめですの書」を参考に投擲機を作って襲撃するストーリーにしました。

 張良が作った投擲機は最終的に百発百中の精度を確信できるほどの完成度になります。しかし襲撃は失敗します。それは何ゆえか? 興味のある方はぜひ本書をご一読ください。

テーマ : 歴史・時代小説
ジャンル : 本・雑誌

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浅水伸彦

Author:浅水伸彦
李信の小説を読みたいのになかなか出てこないので、自分で書いてしまいました。

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