2014-08-18

恋する李小女

 李信には妹がいます。生まれたときは特に名づけられなく、しばらくして父親が小女と呼ぶようになり、それが名前となりました。
 当時、生まれた子に名前をつけないのは珍しいことではなく、漢帝国を建てた劉邦ですら兄、父母含めてまともな名前は伝わっていません。李信が生まれた李家村は全員李姓なので名が無いと困るということで当主には名があったようです。でも当主以外は、誰々の妻、長男、先代というような言い方で済ましていたようです。

 小女という名は、体を表すということで、まさに小さい女の子という意味です。でもそれは相対的にってことで、村一番の巨漢の父と並の男より大きな母(名前はもちろん体を表して”大女”)と比べればということです。
 ですから成長すると小女という名とは裏腹にどでかい体つきとなり、咸陽に住むころには将女というあだ名が付くほどになっていました。

 体つきはどでかくても娘は娘、年頃になれば恋もします。数えで16歳のときに、李信の家に遊びに来ていた義兄弟の楊端和(ようたんわ)を見初めて恋に陥ります。楊端和は没落したとはいえ貴族の出ですから、きっと品の良い顔立ちをしていたのでしょう。今も昔もやっぱイケメンはもてるのです。でもその恋は成就しません。

 ところで、数えで16歳というと、当時では婚期を逸しつつある部類に入っていたのかもしれません。当時は女性のしるしが出たら(12,13歳あたりで)嫁がせることが多かったらしく、後に「14歳以上で嫁いで無い女性には税金を課す」というお触れが出たこともあったぐらいです。

 さて、李少女が次に恋をしたのは数えで18歳のときです。相手はやはり李信の家に遊びに来ていた義兄弟の桓齮(かんき)でした。桓齮は30歳も間近の渋いおじさんで、まぁいわゆる大人の魅力に引かれたというところでしょうか。ま、この恋も実りませんでした。

 結局、李少女は数えで22歳のときに李信の義兄弟の羌瘣(きょうかい)へ嫁ぎました。五人の子宝に恵まれ、夫婦仲もまずまずで幸せに暮らしましたとさ(めでたし、めでたし) 詳しくは本書をぜひご一読ください(^^;

テーマ : 歴史・時代小説
ジャンル : 本・雑誌

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浅水伸彦

Author:浅水伸彦
李信の小説を読みたいのになかなか出てこないので、自分で書いてしまいました。

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