2018-01-08

李信伝地図(38~39歳)

 いよいよ李信が楚に大敗北し、代わりに王翦が手柄を立てるところまで来ました。というか、もともと史記列伝で王翦の業績を記した部分なので、李信が引き立て役扱いになるのはしょうがないところです。
 実際のところ、新米将軍の蒙恬(もうてん)が足を引っ張ったという感じです。李信自身は寿春(楚の新国都)を落とす手柄を立てたのですが、蒙恬を助けるために城父(じょうほ)へ戻ったところを楚の項燕(こうえん)将軍に急襲されて負けてしまいました。
 項燕は遠い地である下相(かしょう)で準備を整えていたのですが、李信が城父へ向かうと分かると、三日三晩兵を休ませずに進撃して急襲に成功したのでした。翌年、王翦に負けると金陵(きんりょう:現南京)まで撤退し、元秦の幕僚で左遷されていた昌平君(しょうへいくん)を担ぎ出して楚王とします。
 一方大敗した李信と蒙恬は、秦王に許されて波羅(はら)で匈奴からの防衛に当たります。

李信:平輿(へいよ)→寿春→城父→咸陽→波羅
蒙恬:寝(しん)→城父→咸陽→波羅
項燕:下相→城父→金陵
昌平君:郢(えい)→金陵



大きな地図で見たい方はこのリンクで→李信38~39歳

テーマ : 歴史・時代小説
ジャンル : 本・雑誌

2018-01-28

初めて凍結-古代の都の位置

 昨日水道管の凍結に見舞われました。この家に住んで17年経ちますが、初めてのことです。幸い給湯器の系統は凍結していなかったのでお湯は使えましたが、トイレはどうしても通常の水を使う必要があるので朝しばらく使えませんでした(流せなかった)。
 拙宅の位置は北緯35.608度で、緯度的にはそんなに寒いところではないです。山奥ならいざ知らず、平野部に近いところで凍結があるとは思っても見ませんでした。

 ちなみに北緯35.608度は、古代中国でいうと衛の首都であった朝歌と同じ緯度にあります。気温は違うのでしょうが、日照時間は同じになるので、生活のリズムとかは似通ってくるかなぁと言う気がします。

 日照時間だけでなく、星の見える位置も同じになります。古代では卜占、星占いが重要な位置を占め、『史記』にも星の動きと人間界の治乱の関係を示した「天官書」が含まれています。つまり、星の見える位置というのは思いのほか重要で、それがゆえに古代の都は同じような緯度に作られたのではないでしょうか。
 咸陽34.3度、洛陽34.6度、奈良34.7度、京都35度、と35度前後にかなりあります。


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浅水伸彦

Author:浅水伸彦
李信の小説を読みたいのになかなか出てこないので、自分で書いてしまいました。

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