2014-11-13

李良と二世皇帝の関係

 李良は、「史記・張耳陳余列伝」に登場します。陳勝(ちんしょう)が秦に対して反乱を起こし、陳勝の知人の武臣が趙を下して趙王になったあたりから登場します。

 李良はこの趙王の下で戦功を重ねて、いよいよ秦の北の要衝である太原へと向かいます。迎え撃つ秦の将は李良の力量を恐れ、二世皇帝の名で投降を促す偽手紙(竹簡)を李良に送ります。(皇帝の名を騙るのは重罪なので、本当にそんな恐れ多いことをしたのか疑問がありますが、ここではおいときます) その文面に、李良は以前二世皇帝に仕えて顕職と厚遇を得たとあります。

 しかし、「史記・始皇本紀」に李良は登場しないので、実際秦でどのような立場だった人物かは謎です。私はこうゆう謎があると、色々妄想が涌き立ってきます。
 二世皇帝(胡亥:こがい)の年齢から考えると、教育係に近い側近というか、付き人という感じがします。ここで、かつて李信が始皇帝のお守り役をしていたので、李信の息子が胡亥のお守り役に任じられても不思議はあるまい、ということをふと思いつきました。
 そこで李良は李信の長男ということにして、胡亥のお守りに役に任じられた経緯や、逆に解任された経緯を創作しました。

 結局、李良はその後紆余曲折があって章邯(しょうかん)(秦の将軍)に投降するはめになります。章邯というのは二十万の兵と共に項羽に投降し、後に項羽によって王に立てられます。では、章邯に投降した李良はどうなったのでしょうか。章邯の元でそれなりの地位を得た可能性も十分にあるでしょうから、そのあたりのいきさつも創作しました。

 最後に李良は職を辞して道士になります。このあたりの必然性はなかったのですが、後の武帝の時代に現れた李少君という仙人(道士)とつながりを持たせたかったので、ちょいと筆を足してみました。まぁ、そのおかげで劉邦とも適度に絡みが出て、話としてはそこそこ面白い展開にできたと思います。

テーマ : 歴史・時代小説
ジャンル : 本・雑誌

2014-11-19

李必と李広将軍の接点

 劉邦が彭城(ほうじょう)で大敗北を喫し、西へ逃げる途中、滎陽(けいよう)で元秦国兵の李必(りひつ)と駱甲(らくこう)を将軍に抜擢しようとします。二人は騎馬に習熟していて、追撃してくる項羽軍を迎え撃つ将として適任であると諸兵が推薦したからです。

 ところが二人は、自分たちは元秦国の兵だから劉邦の兵士(主に東国の兵で構成)は素直に命令に従わないと思い、将軍は東国出身者にして自分たちは将軍を補佐したいと申し出ます。
 そこで劉邦は配下の中から元絹商人の灌嬰(かんえい)を将軍に立てます。灌嬰は知名度が低いようで、聞いてもピンとこない人が多いかもしれません。張良や韓信とちがって、灌嬰自身の能力を示すエピソードがほとんどなく、戦功のほとんどが「部卒(部下)が敵将を斬った・捕らえた」といったものです。良く言えば部下の使い方がうまかったということなのでしょう。項羽を斬ったのも灌嬰の部下達です。

 灌嬰は後に丞相にまで昇進し、その元で校尉として活躍した李必も将軍に昇進し封地を得ています。「史記・樊酈滕灌列伝」には記述はありませんが、二人は親密な付き合いをしていたのではないかと推定しました。

 さて、ここからが本題です。李信の子孫である李広将軍は、一時期職を退き田舎でくすぶっていたことがあります。この時隣に住んでいたのが、灌嬰の孫の灌彊(かんきょう)でした。たまたま偶然住んでいたのでしょうか? 実は、家同士の付き合いが灌嬰の時代からずっと続いていたから、隣に引越してきたと考えられないでしょうか。

 そう考えると例によって妄想が爆発し、李必-灌嬰の仲を考えると李広-灌彊はその孫同士にあたるのではないか、それならば李広の先祖の李信は年齢的に李必の父になるはずだと妄想の連鎖が始まり、ついに李信の三男が李必だったという設定になりました。

 正直な話、李信の老後のストーリーを考えるのが難儀だったので、史記に登場する李姓の人物を無理やりひっつけたという面もあります。でもまぁ物語的には良い親子関係が出来上がったので、私的には満足です。

テーマ : 歴史・時代小説
ジャンル : 本・雑誌

2014-11-29

正誤表

 以前、校正が12回に及んだと書きましたが、それでもポツポツと誤字・誤記が見つかっています。
 文章が拙いのはしょうがないとして、誤字・誤記は信憑性を損なうので増刷の機会があればぜひ直したいと思います。もっとも今の本の売れ行きからすると、増刷は早くても10年後でしょうね。
 その間、間違いを晒し続けるのも何なんで、以下に正誤表をつけておきます。

1.(誤)博狼沙→(正)博浪沙
 目次45歳2行目、P246タイトル2行目、P246下段7行目、P247下段8行目および9行目、P248上段1行目および3行目、P248下段1行目、P372上段1行目
 なお、「精選 中国地名辞典(塩英哲編訳)」でちゃんと調べたところ、見出し語としては”博浪沙”で、「博狼沙とも作ると」と書いてありました。結局博狼沙でも間違いではないようです(2016/9/17追記)

2.(誤)鉄椎→(正)鉄鎚
 P247上段5行目および13行目、P249下段1行目

3.(誤)駱甲(だこう)→(正)駱甲(らくこう)
 P318上段7行目、P324下段6行目、P332下段5行目、P344下段17行目、P347上段9行目、P363上段3行目

4.新城の現在位置訂正(2016.3.20)
×:「現山西省忻州(きんしゅう)市寧武(ねいぶ)県近辺」 P99上段3行目、P369下段15行目
△:現山西省太原市の北の方 (新城の名が残っているし、進攻の順序からもこちらが妥当と思われる)

テーマ : 歴史・時代小説
ジャンル : 本・雑誌

プロフィール

浅水伸彦

Author:浅水伸彦
李信の小説を読みたいのになかなか出てこないので、自分で書いてしまいました。

最新記事
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR